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釧路地方裁判所 昭和38年(わ)35号 判決 1963年12月28日

被告人 葛西光子

昭三・五・三〇生 無職

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、

被告人は、夫三男(当三八年)との間に長男貴照(当一一年)、次男賢次(当九年)、三男郡司(当時七年)、四男昌秋(当時五年)の四児を有する主婦であるが、生来病弱で心臓病、胃病等の持病があるうえ、昭和三七年一二月ころから家事労働をしても極度に疲労を感じてめまいを起し、食事も進まないことなどから健康に自信を失つていたところに、昭和三八年一月中旬ころ姙娠したことに気づき、生活苦も重なつて、このような体具合では子供も満足に育てられないと日夜煩悶して厭世感を抱くようになつていたところ、夫が宿直で不在の昭和三八年一月三一日午後九時ころ、釧路市住吉町八二番地の自宅階下八畳間において子供ら四人とともに就寝した際、自分の体が弱いことを思いつめて、ついに生きて行く希望を失い自殺しようと考えたが、傍の四男昌秋らの寝顔を見ているうちに同児らをふびんに思うとともに愛着の念が嵩じ、同児らを殺して自分も死のうと決意し、同日午後一〇時頃から翌二月一日午前七時頃までの間、同所において傍にあつた日本手拭を順次四男昌秋と三男郡司の首に巻きつけてこれを締め、よつて、その場で同児らをいずれも窒息死させたものである。

というのである。

よつて、審理判断するに、証人葛西三男の当公判廷における供述葛西貴照の検察官に対する供述調書、中井タマの司法警察員に対する供述調書、被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書医師丸山俊蔵作成の診断書、筆頭者葛西三男の戸籍謄本一通、桑野鉄四郎作成の鑑定書二通、司法警察員作成の検視調書および実況見分調書釧路方面本部鑑識課長作成の「写真送付について」と題する書面(写真八葉添付)、押収してある日本手拭一本(昭和三八年押第二五号の一)を総合すれば、被告人が右記載のとおりの犯行をなしたことは認めることができる。

しかし、鑑定人清水幸彦作成の精神鑑定書ならびに同鑑定人の当公判廷における供述、鑑定人石橋俊実作成の精神鑑定書、葛西貴照の検察官に対する供述調書、被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書、証人葛西三男の当公判廷における供述、桑野鉄四郎作成の鑑定書二通、浜野昭治作成および金安敬治作成の各証明書を総合すれば、被告人は、本件犯行当時欝病に罹患し、その精神障害の程度は重篤で、その病的衝動により本件犯行におよんだものであり、加うるに当時相当量の睡眠剤を服用したため意識障害を伴つていたものであつて、被告人は当時事理を弁識する能力およびその弁識に従つて行為する能力を喪失する状態にあつたものと認めることができる。

然らば、被告人の本件犯行は刑法第三九条第一項に、いわゆる心神喪失の状態の下になされたものと断ぜざるを得ない。

なお、検察官は被告人が、(一)本件犯行直前、夫三男宛に遺書を認めたが、その記載内容が右三男に対する詫びの趣旨であつたこと、(二)本件犯行後、物干用のビニール線を切断し、天井の梁に釘を打ちつけてこれに巻きつけた上首を吊り自殺を計つていること、(三)本件犯行後、夫三男に対し「申し訳ない」と悔悟の意思を表明していること、(四)四男昌秋の首を日本手拭(昭和三八年押第二五号の一)で絞めたことを記憶していること、等の事実をもつて、法律上は、被告人が本件犯行当時心神喪失の状態にあつたものとすることは相当でなく心神耗弱の状態にあつたものであると主張し、前掲証拠(ただし、前記各精神鑑定証拠は除く)によれば、検察官主張の右各事実が認められるけれども、前記各精神鑑定証拠によれば、右各事実はいずれも被告人が当時罹患していた欝病特有の病的衝動に基いてなされたものであるが、これを詳説すれば(一)の事実については、その事自体まさに欝病の典型的症状である絶望感、悲哀感等の表示であること、(二)の事実については、欝病に基く病的衝突にかられしかも意識障害の中で行う全くの物理的所作であること、(三)の事実については、検察官主張の被告人の言辞が表された当時被告人は欝病による精神障害のほか前記のとおり意識障害を伴つており、かかる状況下になされた、この言辞をもつて、直ちに被告人が正常な意思によつて悔悟を表明しているとは、とうてい考えられないこと、(四)の事実については、被告人に検察官主張のような記憶があつても、それをもつて直ちに欝病による精神障害がないとはいえないことがそれぞれ認められるところであり、その他本件に顕れた各証拠を総合しても前記認定に支障を来すものではないので、検察官の右主張は採用しない。

よつて、刑事訴訟法第三三六条前段に則り、被告人には無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 柏原允 西村清治 鳥飼英助)

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